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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)487号 決定 1984年9月10日

国籍

中国(台湾省台北市双園区西園路壹段三〇六巷一六号)

住居

東京都三鷹市下連雀二丁目四番二一号

会社役員

郭火盛

一九一四年一月二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年二月二三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人東徹、同淺見敏夫、同横井治夫の上告趣意は、憲法一三条、一四条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 矢口洪一)

昭和五八年(あ)第四八七号

○ 上告趣意書

所得税法違反 郭火盛

右被告人に対する頭書被告事件の上告趣意は次のとおりである。

昭和五八年五月三〇日

弁護人 弁護士(主任) 東徹

同 淺見敏夫

同 横井治夫

最高裁判所第一小法廷 御中

第一 原判決には、憲法の違反があると認められるので、刑事訴訟法第四一〇条第一項により原判決を破棄せられるべきものと思料する。

その理由は次のとおりである。

被告人は、昭和四四年五月二二日、東京地方裁判所において、所得税法、法人税法及び入場税法各違反罪により懲役一年及び罰金一、二〇〇万円に処せられ、懲役刑については三年間その刑の執行を猶予された者であるが、刑の執行猶予の言渡を取り消されることなく猶予の期間を経過し、また、右の罰金を納付した後、罰金以上の刑に処せられることなく五年を経過している(第一審記録第三分冊〔「第三分冊」と略称、以下同じ。〕四八六丁参照)。従って、右懲役刑の言渡は、その確定日から猶予の期間を経過した昭和四七年六月五日に、その効力を失い、また、右罰金刑についてはその納付日から五年を経過した昭和四九年一〇月二八日に刑の言渡は失効していることは、刑法第二七条及び第三四条ノ二第一項後段の規定により明らかである。そして、右各法条の規定する刑の消滅は、各所定要件のもとに、いわゆる前科を抹消し、法律上の復権をはかろうとする制度であることはいうまでもない。

ところが、原判決は、その理由において、「前記前科のある被告人」と判示し(原判決書三丁裏)、右懲役刑及び罰金刑の言渡の効力が、いずれも未だ消滅していないものとして取り扱っている。

そして、原判決は、本件の量刑について、(一)先ず、第一審判決が量刑の事情として説示した「被告人は、農地法違反による前科を別にしても、昭和四四年五月には法人税法違反、所得税法違反等により懲役一年(二年間執行猶予)及び罰金一、二〇〇万円の判決を受け、反省の機会を与えられながら、それ以後も公表せざるを得ない所得だけ申告し、無尽講及び協同組合に対する貸付についての利息収入を申告しなかったもので、こうした態度は、遵法精神、納税意識を著しく欠いたものとして、きびしい社会的非難に値する」として懲役一〇月の実刑及び罰金二、五〇〇万円に処した点を是認したうえで、(二)さらに、これを敷衍するとして、「本件脱税事犯の犯情はさほど悪質とはいい難いが、被告人は、昭和四四年五月東京地方裁判所において法人税法違反・所得税法違反等の罪(法人税は被告人経営のサカエ興業有限会社外一社の昭和三八年、同三九年の所得に関し合計約六、六六六万円の法人税逋脱、所得税は右両年の被告人個人の所得に関し合計約五、一五一万円の所得税を逋脱したという当時としては巨額の脱税事案)により、懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金一、二〇〇万円に処せられ、脱税行為に対し十分反省の機会を与えられたのに、その後も昭和二五年頃から引続き行っていた無尽講による所得について摘発のなかったことを幸いに不申告を続け、昭和五〇年頃から始めた協同組合に対する貸付金による所得を申告せず脱税したものであること等の事情に徴すると、被告人の遵法意識及び納税意識の低さは顕著なものがあるといわざるを得ず、その罪責を軽視し得ない」(原判決書二丁~四丁)として、被告人に懲役八月の実刑及び罰金二、五〇〇万円を科しているのであって、右前科のあることを刑の量定上、極めて高く評価したことを明らかにしている。

このように原判決は、量刑事実の認定及び刑の量定において、既に失効した前科を法律上、不利益に取り扱っているので、刑法第二七条、第三四条の二第一項に違反していることは明らかであり、個人として尊重さるべき被告人の人格を無視し、かつ刑の言渡の失効した被告人を刑余者としてこれを差別したもので、法の下に平等であることを明示した憲法第一四条及び個人の尊重を宣明している同法第一三条の大原則を無視した違法を犯したものといわざるを得ない。なお、被告人は、我が国籍を有する者ではないが、しかし、我が国の国内法である所得税法の適用を受けて処罰される立場にある本件においては、その上位法である憲法の規定を等しく適用されるべきものであることはもとよりである。

よって、原判決は、刑事訴訟法第四一〇条第一項、第四〇五条第一号により破棄を免れないものと思料する。

第二 原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるうえ、刑の量定が甚しく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるので、刑事訴訟法第四一一条第三号及び第二号により、原判決を破棄せられるべきものと思料する。

その理由は以下に論述するとおりである。

一 事実誤認について

原判決の基礎となっている第一審判決の認定事実は、「昭和五二年及び昭和五三年両年分にわたる協同組合中央経済合作社(以下「中央経済合作社」という。)ら三協同組合に対する貸付金及び羅錦郷らが主宰する無尽講の各利息収入についての所得税逋脱の事実」であるが(第一審判決書、「第一分冊」五九丁~七一丁参照)、同判決は、右認定事実のうち、昭和五三年分の無尽講利息収入に関する損失について、重大な事実を誤認した結果、その処理を誤っている。

すなわち、以下に述べるとおり、同判決は、右の損失額三、八〇八万九、七五〇円のうち、一、九八二万九、八四七円だけを、いわゆる雑損控除額として認容したのみで、差引残額一、八二五万九、九〇三円は未控除のまま残しているのであるが、これは、同判決が事実を誤認した結果、本来、右損失額の全額を必要経費として控除すべきであるのに、その処理を誤ったものである。そして、右の未控除額は、昭和五三年分逋脱所得金額約六、〇〇〇万円の三〇パーセントに相当するので、その誤りは、判決に影響を及ぼすべき重大な誤認であることはいうまでもない(第一審判決書「第一分冊」六一丁~六四丁裏、七〇丁、雑損控除額調査書(補正分)「第四分冊」六三六丁~六四三丁参照)。

1 ここで先ず、説明の便宜上、被告人が加入していた無尽講の仕組み及び運用の実態について、その概要をとりまとめると次のとおりである。

無尽講は、主宰者(以下「親」という。)と会員(以下「子」という。)から成っているが、通常、一口当り初回金五〇万円、二回目以降の掛込金二〇万円を毎月一回宛、二年半、三〇回にわたって拠出する約束によって運営され、その開催の日を会名としている(例えば、毎月三日開催の場合の会名は「三日会」)「親」は、「子」が拠出した初回金の合計額を無利息で取得し、これを三〇回に分割して、「子」のうちの落札者及び最終回に満期となった「子」に返済する。毎回、落札希望者が一口当りの利息支払額を記入して入札し、そのうちの最高額記入者が落札者となって、「親」の返済金及びその回における「子」の掛込金の合計額を取得し、次回以降、落札者は、毎回、掛込金の全額をその回ごとの落札者に支払うが、一方、落札しなかった「子」は、次回以降、毎回の掛込金額から、落札者が入札した一口当りの利息額を差引いた金額をその回の落札者に支払って順次運営されていくのである。こうして、落札者が取得した落札金額から、それまでの初回金及び掛込金の累計額を差引いた残額、あるいは、最終回まで落札しなかった「子」が取得する満期金額から同様の掛込累計額を差引いた残額が、それぞれの取得した利息相当金額である。

被告人は、昭和二五年ころから引き続き無尽講に加入し、昭和四〇年ころ以降は、専ら「子」として満期金を取得し、あるいは、満期近くになって落札者がないときなどに落札するなどしていたのであるが、常時、継続して多数口の無尽講に加入し、最近における掛込金累計金額の残高は、昭和五一年末、一億四、六〇〇万円、昭和五二年末、一億六、一九八万円の巨額に上り、整理期に入っていた昭和五三年末においても六、〇七五万円となっていたのである。

そして、被告人は、昭和五〇年ころ以降、蔡火欽主宰分を除くその余の無尽講についての事務処理を河村道代(以下「河村」という。)に代行させていたが、「河村」は、被告人が取得した満期金、落札金等を一括保管し、そのなかから初回金及び毎回の掛込金を支出するなどして、毎月末に、その収支を被告人に報告していたのである。

「河村」は、知人の無尽講掛込金等の支払資金を立替融資しているうち資金繰りに窮し、昭和五三年五月ころ以降、被告人の加入していた無尽講について無断で落札して落札金を取得するなどした結果、被告人に対し、昭和五三年末までに合計三、八〇八万九、七五〇円に上る実損害(掛込済金額の累計額)を与えたのであるが、昭和五四年三月下旬までの間、被告人から預っていた保管資金でやりくりをしながら、無断落札による資金流用が発覚しないように処理していたのである(昭和五六年二月三日付「河村」の検察官面前調書〔2/3「河村」(検)と略称、以下同じ。〕、「第三分冊」三六七丁~三九二丁、10/12「河村」(検)、「第四分冊」六四四丁~六五四丁、無尽損益残高調査書〔補正分〕、「第四分冊」六〇六丁~六三五丁、2/2及び2/5被告人(検)、「第三分冊」四四五丁~四八〇丁等参照)。

2 右に述べたところによって明らかなとおり、無尽講の利息収入は、「子」が落札者から受領するもので、その本質は、落札者に融通する落札金(「子」の掛込金相当額)に対する利息であるが、そのような利息収入は、「子」が後に落札して落札金を取得し、あるいは最終回に満期金を取得したときに、それらの各取得金額から、それまでの掛込金額を差引いた残額として現実に発生するものとされているのであるから、「子」としての掛込金は、利息収入の基因となる落札金あるいは満期金の原資となっているのである。

ところで本件の場合、被告人は、「河村」に落札金あるいは満期金を一括保管させてプールし、その資金を各掛込金に充当していたところ、「河村」が無断で落札して落札金を取得するなどし、昭和五三年中に合計三、八〇八万九、七五〇円に上る実損害を被告人に与えたのであるから、経済的、実質的にみると、利息収入の基因となる資金(掛込済資金)についての損失であって、その経済的実質は、いわゆる「貸倒れ」に類似しているものと解される。そして、同判決も認定しているとおり、「河村」は、無断流用金額について、昭和五三年中、既に返済能力を失っていたのである。

そうすると、「ある所得がいずれの類型に該当するかを判断するに当っては、純法律的形式観点よりも、むしろ、経済的実質的観点が重視さるべきものであり、従って経済的実質が類似するとの認識を根拠として類推解釈を行うことが許されないと解すべき根本的な理由はないものといわねばならない」(昭39・5・28東京地方35(行)85、行政事件才判例集15巻5号783頁)としている判例の趣旨などからしても、本件の場合は、「貸倒れ」に準じて所得税法第五一条第二項を類推適用し、「損失全額を昭和五三年分の必要経費に算入する」処理がなされるべきである。

3 また、かりに、本件損失について「貸倒れ」に準じた処理をする立場をとらないとしても、本件の損失は、実質的には「事業資産」についての損失と認められるので、所得税法第五一条第一項を類推適用し「損失の全額を昭和五三年分の必要経費に算入する」取扱がなされるべきである。

すなわち、所得税法は、災害又は盗難もしくは横領によって納税義務者の資産に生じた損失の処理に関し、資産を生活用、業務用及び事業用の三種に区分して取り扱い、生活用及び業務用の各資産については、同法第七二条第一項(昭和五六年法律第一一号による改正前の規定、以下同じ。)所定の雑損控除として「その年分の総所得金額の一割相当額を超える金額」だけを控除する一方、事業用資産については、同法第五一条第一項を適用して「損失の金額を必要経費に算入する」こととしている。そして、この場合の業務用資産とは、例えば、「貸家を一軒だけ有しているような場合で、いわゆる事業と称するに至らないような程度」(菊池衛証言、「第一分冊」一二七丁、一四〇丁裏)のものであって、いわば、生活用資産と事業用資産の中間的状態のものを指していると解される。

ところで、被告人が有していた本件無尽講の掛込済資金は、長年月にわたり継続して常時、多数口の講に投入されていたもので、整理期に入っていた昭和五三年においても一二口、それ以前は常時五〇口程度に、それぞれ投入されており、その各年末残高は昭和五一年、一億四、六〇八万円、昭和五二年、一億六、一九八万円で、昭和五三年末でも六、〇七五万円に達していたのである。(2/3「河村」(検)、「第三分冊」七八丁裏~七九丁等、無尽損益残高調査書〔補正分〕、「第四分冊」六〇六丁、2/2被告人(検)、「第三分冊」四四五丁~四四六丁等参照)。

このように、被告人の有していた無尽講の掛込済資金は、長年月、継続して多数口に投入されていたもので、しかも常時、多額の残高に達していたのであるから、それは、被告人の生活用資産でなかったことはもちろん、「たまたま一口だけ加入した」というような程度のものではなく、従って、いわゆる業務用資産にも該当しないことは自明のところであろう。そうすると、本件無尽講の掛込済資金の実態は「事業用資金」としての経済的実質を有しているものといわざるを得ない。そのような資産について生じた本件損失は、たとえ、それが横領によるものであっても、雑損控除の対象とすることは妥当を欠くので、事業用資産の場合に準じ、所得税法第五一条第一項を類推適用して「損失額の全額を昭和五三年分の必要経費に算入する」べきである。なお、このような取扱は、前掲判例の趣旨にも合致する合理的な処理と解されることはいうまでもない。

4 さらに、また、右の2及び3で指摘したような類推適用を認めない立場をとるとしても、本件の場合は、所得税基本通達七二―一の趣旨に則り、横領による損失の全額を昭和五三年分の雑所得の必要経費に算入すべきである。

すなわち、所得税基本通達七二―一は、いわゆる業務用資産について生じた災害、盗難、横領による損失について、納税義務者の選択により、雑損控除と同法第五一条第四項のいずれかの適用を受けることができる旨を定めているが、これは、同法第五一条第四項において「業務用資産の損失については同法第七二条第一項の雑損控除の規定が優先して適用される」旨を定めていることから生じる不合理、不公平を是正するため、特に設けられたものとされている。つまり、例えば横領被害による損失の場合、事業用資産であれば同法第五一条第一項が適用されて全額が必要経費に算入される一方、業務用資産の場合は同条第四項に優先して第七二条の雑損控除の規定が適用される結果、損失の全額ではなく、総所得金額の一割相当額を超える金額が控除されるだけで、右の一割相当額は控除されないまま「足切り」されることになるが、「担税力の減少」という実質においては全く同一である両資産について生じた同じ損失について、このように、一方は全額控除されるのに他方は「足切り」分が未控除のまま残されるということでは、明ららかに不合理で不公平な結果となるので、それを是正するため右の通達が設けられたとされているのである(菊池衛証言、「第一分冊」一二六丁~一二八丁、一三一丁~同丁裏等参照)。

但し、この場合の納税義務者の選択権の行使は、その年分の確定申告においてのみ許されるとされているが(右同一二四丁)、しかし、法規の不備から生じる不合理、不公平を是正するために設けられた通達であるのに、何故、その選択を確定申告に限定するのか、その理由について何人をも納得させるに足る合理的な根拠は見当らない。この点について、右の通達を制定した国税庁側の説明としては、要するに、税務行政執行上、一定の区切りをつけて、いわば法的安定を保つために、右の選択方法を確定申告に限定したとされているのであるが(前同一三二丁裏~一三三丁裏等参照)、しかし、これは、あくまでも課税庁側のみの都合にすぎないので、そのことだけでは、右の限定をした合理的理由となり得ないことはいうまでもない。まして、本件の場合は、無申告であった無尽講の利息収入を確定申告期限経過後に調査して追徴課税をしたケースであるから、なおさら、慎重な配慮を必要とするものと解される。本件の場合、無尽講の掛込済資金は、その利息収入の基因となる資産であるが、その収入を従前、申告していなかったために、いわば未公表のままになっていた、その資産について損失が生じたケースであるから、もちろん、被告人は、その損失について昭和五三年分の確定申告においては公表計上はしていない。このような場合、被告人が右の損失について、昭和五三年分の確定申告において公表計上しなかったのは、同人が右の通達に基づく所得税法第五一条四項の処理を選択しなかったものと速断すべきではなく、むしろ、無尽講の掛込済資金が公表されていない結果、それについて発生した損失についての処理を公表計上する余地がなかったことに由来するものであることはいうまでもない。そして、ほ脱所得の算定上、適正な経理処理の面から無尽講の掛込済資金という未公表資産を把握し、それから生ずる利息収入をほ脱所得に算入する以上、被告人がその未公表資産についても、正常な経理下においては、右通達による所得税法第五一条第四項の適用を選択したであろうと推認される場合には、税務計算上、右通達の趣旨に則り、同法五一条第四項の適用を許容すべきであると解するのが相当である。(この点について、昭和四四年五月二二日に被告人に対して宣告された東京地裁刑事二五部判決の理由中に簿外資産についての減価償却費の計上処理に関し同旨の判示がなされている〔「第四分冊」五六二丁裏~五六五丁参照〕。)ところで、先に指摘したとおり、本件の場合、「河村」の無断流用によって生じた無尽講の掛込済資金の損失額合計三、八〇八万円について、所得税法第七二条の雑損控除によると、約一、八〇〇万円に上る「足切り」分が未控除額として残るのに対し、同法第五一条第四項を適用した場合は、損失合計額の全額が必要経費に算入されるので、納税義務者にとって、後者の方が有利であることは明らかである。従って、もし、かりに、無尽講の掛込済資金が公表されていた場合であれば、被告人は、右の損失について同法第五一条第四項の適用を選択していたはずであることは条理上も当然であるから、本件の場合、被告人が右の適用を選択したであろうと推認されることはいうまでもない。そうすると、本件の場合、昭和五三年分の確定申告において、その選択権の行使がなされていなくても、同通達の趣旨に則り、同法第五一条第四項の適用を選択して計上処理したものとみなし、損失額三八〇八万円の全額を同年分の雑所得金額の計算上、必要経費に算入することが相当であると解されるのである。

5 以上、2ないし4において論述した類推解釈などによって経済的実質に則した処理をする取扱は、所得税法第七二条の改正経緯によっても、その正当性が明らかに裏付けられているのである。

すなわち、従前、「総所得金額の一割を超える金額」についてのみ雑損控除を認め、その金額以下の損失額は「足切り」としていた同法第七二条の規定は、昭和五六年法律第一一号によって改正され、実質上の「足切り」額は「五万円」となったので、損失の全額を必要経費に算入するとしている同法第五一条第四項を適用した場合との間に実質上の差異は生じないことになったのである。この改正は、同法第五一条第四項と第七二条を適用した場合、両者の間に不合理、不公平な結果が生じていた点を解消するためのものであったことはいうまでもない。そして、このような不合理、不公平な結果が生ずる法規の不備を立法上、解消するための改正への努力は、右の4で指摘した所得税基本通達七二―一が制定された昭和四五年当時から既に行なわれていたのであり、それが立法府の都合によって昭和五六年に、ようやく実現して改正に至ったのである(菊池衛証言、「第一分冊」一五一丁~同丁裏、一三〇丁等参照)。

このような経緯のもとにおいて、「税法の解釈適用に当っては、法の予想を超えて実質的に新たな課税対象を創設し、もしくは課税対象を拡張し、または納税者に不利益をもたらす方向において類推ないし拡張解釈を行うことは慎しまるべきであるが、納税者が有利になるよう後年において法律が改正され、すでにその当時から立法が要請されていた場合、立法の遅延による不公平不公正を是正し、納税者の利益を図る方向において税法の類推解釈を行なうことを禁ずべき理由はない。」(昭39・5・28東京地方35(行)85、行政事件裁判例集15巻5号783頁)としている判例の趣旨からしても、本件の場合、前述した法規の類推解釈ないし通達の準用をする取扱は、所得税法第七二条の改正によって、まさに、その正当性が裏付けられているのである。

6 原判決の基礎となっている第一審判決は、同審における弁護人が右の2ないし4において指摘したところとおおむね同旨の主張をしていたのにかかわらず、これを排斥し、「本件の損失は、雑所得の基因となる資産についての横領による被害であり、かつ被告人において、確定申告によって所得税法第五一条第四項の適用処理を選択していないので所得税基本通達七二―一を適用する余地もなく、同法第七二条第一項所定の雑損控除を適用するほかはない。従って、本件当時の同法条により“総所得金額の一割相当額を超える金額”だけを控除する」旨の結論を導いているのであるが(第一審判決書、「第一分冊」六一丁~六四丁裏参照)、これは、先に(第二、一、1)指摘した無尽講利息収入の本質及び本件損失の実態を誤認し、その誤認に基づく純法律的形式観点のみによる誤った結論を導いたことによるものであって、明らかに妥当を欠くものといわざるを得ない。そして、この場合、所得税法第七二条所定の「足切り」にされて未控除のまま残されている金額は約一、八〇〇万円に上り、それは、昭和五三年分ほ脱所得とされている雑所得金額合計約六、〇〇〇万円の三〇パーセントに相当しているので、右の「足切り」額を控除するか否かの判断を決することになる同判決の事実の誤認は、原判決に影響を及ぼすべき重大なものであることはいうまでもない。

このように、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をして誤った結論を導いた第一審判決を基礎としている原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるので、刑事訴訟法第四一一条第三号により、原判決は破棄せられるべきものと思料する。

二、量刑不当について

被告人を懲役八月及び罰金二、五〇〇万円に処した原判決は、右の懲役刑の執行を猶予しなかった点において、その量刑は甚だしく不当である。

以下に、その理由を論述する。

1 先ず第一に、本件ほ脱の規模は比較的小さいものであるうえ、ほ脱所得金額は、被告人の所得金額総額のうちのごく一部にすぎない。

すなわち、法務省刊行の「犯罪白書」五六年版(原審第一回公判期日において取調済、原審証拠等関係カード番号1)二七ないし二八頁の記載によると、昭和五五年四月から昭和五六年三月までの一年間における所得税法違反事件の告発件数七四件について、一件当りの脱漏所得額は一億八、九〇〇万円で、脱税額は一億五、二〇〇万円に上っている。一方、原判決の基礎になっている第一審判決は、昭和五二、五三年の二年分の合計額(一万円以下切り捨て、以下同じ。)で脱漏所得額一億一、九〇七万円、脱税額七、四五一万円と認定しているので(第一審判決書、「第一分冊」六九丁~七一丁参照)、これを右の昭和五五年分告発事案の一件当りの金額と対比すると、本件ほ脱の規模は、最近における所得税法違反の告発事案と比較しても小さいものであることは明らかである。

また、被告人の実際の総所得金額に対する課税済所得金額の占める割合は、昭和五二年分、八一パーセント、昭和五三年分、八一・七パーセントに達している(原審、白石証言参照)。つまり、被告人は、本件起訴対象年分のいずれについても、各年分実際総所得金額の実に八割以上を申告又は源泉分離によって課税を受けていたのであり、二割未満のごくわずかな一部の所得が申告からもれていたにすぎない。

そして、これらの点については、原判決も「犯情はさほど悪質とはいい難い」(原判決書二丁裏~三丁参照)として、おおむね同様のとらえ方をしているのである。

さらに、昭和五三年分については、もし、かりに、先に第二、一において指摘したとおり、横領被害による損害の全額を必要経費として控除するとした場合、原判決の基礎となっている第一審判決認定の脱漏所得金額五、九七〇万円から、さらに一、八二五万円が減額されることになるので、右所得金額の三〇パーセント相当額が減少する結果、ほ脱の規模は、さらに小さくなり、また、ほ脱率も一段と低くなることはいうまでもない。なお、かりに、右損害全額の控除が認められないとしても、その場合は、原判決も判示(原判決書四丁裏)しているとおり、「横領被害による約一、八〇〇万円の損害が損金控除分で賄えないで残されている」のであるから、その分だけ、被告人の担税力が減少していることはもとよりである。従って、実質上のほ脱規模及びほ脱率を検討するときは、この点を看過することはできないので、結局、右の全額控除が認められた場合と同程度の事案としてとらえるのが相当であると解される。

ところで、弁護人らの関知している限度においても、類似の裁判例におけるほ脱所得額は本件よりもはるかに巨額に上っており、また、ほ脱率は、いずれも極めて高率であって、本件のように、わずか二〇パーセントにも満たない極めて低いほ脱率のケースで起訴された実例は見当らない。このようなほ脱の規模とほ脱率をみると、本件は、所要の追徴課税による行政罰のみで処理されてもよい程度の事案に相当するのではないかとも解せられるが、その点はともかく、いずれにしても、ほ脱の規模とほ脱率からみると、本件は、もともと懲役刑の実刑を科すほどの事案でないことは自ら明らかなところであろう。しかも、以下に詳述するとおり、その他のあらゆる個別的情状を仔細に検討しても、本件には、懲役刑の実刑を科すべき事情は全く見当らないのである。

2 先ず、本件におけるほ脱の手段・態様をみると、以下に述べるとおり、いずれも、それ自体をとり上げると、単なる無申告にすぎず、被告人において積極的に隠ぺい仮装をした事実は存在していない。

本件のほ脱所得の内訳は、先に(第二、一)述べたとおり、「中央経済合作社」ら三協同組合に対する貸付金及び羅錦郷らが主宰する無尽講の各利息収入であるが、そのうちの無尽講利息収入については、単に申告をしていなかっただけで、それ以上の不正手段は何らとられていない。一方、本件の貸付金は仮名で処理されているが、これは、貸付の相手方において一方的に行なっていたもので、被告人は何らの関与もしていない。すなわち、本件貸付先の一つであった共和商工協同組合(現、共和信用組合、以下「共和商工」という。)の理事長である荒井道雄は、「被告人が“本名で貸付けるから”といったが、“共和商工”側で無理に頼むことなので、仮名処理の申出をしてその処理をした」旨の証言をし(「第一分冊」一〇〇丁裏等参照)、また、他の二組合の担当者であった陳台欽及び北川須香両名の1/29各(検)(「第三分冊」三二一丁~三三七丁)並びに被告人の1/31(検)(同四一〇丁~四四四丁)の各供述記載等によると、「共和商工」の場合と同様、他の二組合側からの申出によって本件貸付がそれぞれ仮名で処理されていた旨の事実が明らかに認められるのである。なお、第一審判決が指摘している「貸付金の証書を別荘のピアノの中にかくした」との点(第一審判決書、「第一分冊」六六丁裏)について、被告人は、原審において「金庫代りに使っていただけであって、脱税のためにかくしていたのではない」旨の供述をしているが(原審第一回公判期日における被告人供述調書〔以下「原審被告人供述調書」と略称〕三丁)、同じ場所に東洋信託銀行の預金証書、国債なども一括して保管されていた状況からすると、被告人の右供述の信用性は極めて高いものといわざるを得ない。また、この点に関連する被告人の検面調書の記載(1/26(検)、「第三分冊」四〇九丁)について被告人は、「私の口から云ったのではなく、検事さんの方で、そういうふうに書いて、これで間違いありませんかというので、否定したが、聞き入れてもらえなかった」旨の供述をしているが(「原審被告人供述調書」九丁~同丁裏)、右に指摘した保管の実情などからすると、検面調書の記載よりも右の公判供述の方がより真実性が高いものと認められる。

さらに、被告人は、本件査察開始後における証拠いん滅行為などは一切、行なっていないのみならず、例えば、別荘の捜索時、ピアノの中に保管していた国債証書などを被告人の方から一括して自発的に提出し(原審における被告人の供述、「同調書」三丁裏~四丁参照)、また、貸付金明細について、被告人側が積極的に調査して協力した事実(城戸悟証言、「第一分冊」八九丁~九三丁等参照)などが認められるので、むしろ、被告人が調査に積極的に協力していたことは明らかである。

また、従前における税務調査についても、格別、不正の対応をした事実も存在していないうえ、本件の各利息収入を除く各年分の個人所得及び関連企業の法人所得について、前回の摘発時から一〇年以上の長期間にわたり、何らの不正手段もとられることもなく、毎年、多額の納税がなされていたのである(郭文雄証言、「第一分冊」一〇四丁裏、第一審第五回公判期日における被告人の供述〔以下「第一審被告人供述」と略称〕「第一分冊」一一七丁、一一八丁裏等参照)。

なお、参考までに、昭和五一年度ないし昭和五三年度における右の関連企業六社の納税状況をみると、末尾添付の「関連会社納税状況一覧表」記載のとおり、右の三年間における総納税額は実に九億一、五五〇万円余の巨額に上っている。さらに、被告人個人の所得についても、次の一覧表に記載したとおり毎年多額の所得を申告済で、これらは全部、認容されているのである(第一審判決書添付の昭和五二、五三年分各修正損益計算書、「第一分冊」六九、七〇丁参照)。

<省略>

3 次に、犯行の動機などについても、以下に述べるとおり、格別、強く非難されるような事情は見当らない。

本件における犯行の動機を検討する場合、被告人が「中央経済合作社」ら三協同組合に対する貸付を行ない、あるいは羅錦郷ら主宰の無尽講に加入していた背景事情を看過することはできないのであるが、先ず、右の三協同組合に対する貸付について、被告人は、各組合の幹部から懇請されて止むを得ず、いわば同胞救済のために、それらの貸付をしていたのである(荒井道雄証言、「第一分冊」九六丁裏等参照)。もともと、これらの組合は、いずれも経営基盤が弱いうえ、被告人は担保も徴していなかったことなどから、本件貸付には多大の危険が伴なっていたので、被告人の真意は、できれば貸付を回避したかったのであるが、台湾系華僑仲間の同胞救済のために懇請されて断ることもできずに貸付を続けていたのであり、しかも、本件当時の利率は年利平均七パーセント、一部については六パーセントという低利で、「こんなに低い利率で組合に金を貸付けていたのは被告人ただ一人だった」(1/29北川須香(検)、「第三分冊」三四一丁)のである(荒井道雄証言、「第一分冊」九六丁裏~九七丁裏、1/27陳台欽(検)、「第三分冊」三三三丁、1/29松山洋也(検)、同三六三丁、「第一審被告人供述」、「第一分冊」一一三丁裏~一一六丁等参照)。

また、無尽講も同胞救済のための付き合いとして加入していたものであり、昭和四〇年ころ以降、被告人は、無尽講による資金調達をしたことはなく、専ら「子」として、仲間に資金を融通する側にまわっていたのであるが、昭和五〇年ころ以降における無尽講の年利回り(被告人の受取利息相当額の掛込済累計額に対する割合を掛込回数で除算したうえ、一二を乗じた数値)は平均五パーセントで(無尽損益残高調査書〔補正分〕、「第四分冊」六〇六丁~六三五丁参照)、右の貸付金の利率よりも、さらに低利で資金を融通していたのである。そのうえ、無尽講は、相互の信頼のみで何らの担保裏付もなく、例えば「親」の死亡、倒産、あるいは中途解約者の出現などによって倒される危険が特に大きいので、多少の利息収入を得ても、長期的な収支をみると、それほどもうかる仕組みではない。しかし、被告人は、かって、自らが利用させてもらった関係もあり、仲間から頼まれると断るわけにもいかず、止むなく加入を続けていたのである(「第一審被告人供述」、「第一分冊」一一一丁~一一三丁、1/26、2/2被告人(検)、「第三分冊」四〇五丁~同丁裏、四四五丁~四四七丁、四六七丁~同丁裏等、2/3「河村」(検)三七二丁裏等参照)。なお本件の貸付及び無尽講についての危険性に関し、原判決は、「一審判決が説示するとおり、倒産の危険性はほとんど認められなかった」旨の判示をしているが(原判決書四丁)、しかし、これは、明らかに実態を見誤った判示である。すなわち、前述した本件貸付の実態自体からして、条理上、当然に「焦げつき」の危険性が高度に予測されるうえ、実際に被告人が関知している限度内でも、貸付先組合が経営危機に陥った事態は再三、発生しているものであり、それらについては、関係者の協力によって倒産に至る前に善後処置がとられて大事に至っていないだけのことである(1/29北川須香(検)、「第三分冊」三四一丁裏等、1/26被告人(検)、同四〇二丁、「第一審被告人供述」、「第一分冊」一一三丁裏~一一四丁等参照)。また無尽講に至っては、もともと、相互の信頼以外、何らの担保裏付もない仕組自体において極めて危険性が大きいものであるうえ、最近では、華僑に対する銀行の貸付基準が緩和されてきたことに伴ない、無尽講を利用する人達の質が悪くなる傾向がみられるので(「第一審被告人供述」、「第一分冊」一一三丁参照)、なおさら、その危険性は増大している。実際に被告人が損害を受けた例だけをとっても、「親」の死亡による倒産の事例があり(2/2被告人(検)、「第三分冊」四六七丁~同丁裏)、また、「河村」の横領の原因は、呉国明、山口昌恒両名による巨額の会頭金、掛込金等の不払にあった事実(2/3「河村」(検)、「第三分冊」三八七丁裏等参照)などは、まさに、無尽講の危険性を如実に物語っているのである。

このように危険性の高い貸付や無尽講に、しかも極めて低い年利回りで資金を投入していたのであるから、被告人の真意としては、出来たら縁を切って、それらの資金を他の安全確実な方法で、より有利に運用したいと思っていたのであるが、仲間との付き合いで縁を切ることができなかったのであり、このことは、被告人の長男郭文雄が一審において「無尽はルーズな点があり、また、信用組合などは危険負担が大きいので、市中銀行なりに預けた方がよいのではないか、と父に進言したが、父は“一ぺんに抜くことはできない。徐々に、そのようにする”といっていた」旨の証言をしている(「第一分冊」一〇五丁~一〇八丁)ことなどによって明らかに裏付けられているのである。要するに、被告人としては、「利息かせぎ」だけの目的で本件の貸付をし、あるいは、無尽講に加入していたのではなく、そのことよりも、むしろ「仲間との付き合い」に重点をおいていたのである。本件当時においても、税引後の年利六パーセントを超える利回りとなっている安全な利殖方法があったことは公知の事実であるから、もし、かりに、被告人が「さらにより以上の資産蓄積だけ」を目的としていたのであれば、右に述べた貸付や無尽講に投入していた巨額の資金を平均年利七ないし六パーセント、あるいは五パーセントで、しかも危険性の高い右の貸付金や無尽講に投下するはずはなく、他の安全確実な利殖方法を利用していたことは条理上も当然のことである。

このような背景事情あるいは客観的事実を総合すると、「さらにより以上の資金蓄積を願望して、あえて本件脱税行為に及んだ」としている原判決の認定(原判決書四丁)が誤りであって、それは、本件の動機を正しくとらえていないことは自ら明らかである。また、原判決の右認定と同旨の1/26被告人(検)(「第三分冊」四〇八丁裏)の供述記載も同様、明らかな誤りであって、それは、取調担当検事が本件の背景事情、客観的事実などを度外視し、専ら「好んで損をする者はいない」ことを前提として被告人に押しつけた単なる作文にすぎないものといわざるを得ない。このことは、先に2で述べた検事の一方的作文の事例があることに加えて、2/5被告人(検)に、本来、無記名である割引債券について「そのほとんどを仮名あるいは無記名にしていた」旨の供述記載がある(「第三分冊」四七四丁)ことからしても、取調担当検事が先入観に基づいて作文したものを被告人に押しつけた事実がうかがわれることによっても裏付けられているのである。

4 右に述べたような背景事情のもとにおいて、いわば「仲間うちだけのこと」として、お互いに利息などについての納税もしないまま永年経過してきた「だ性」から、被告人も本件収入を申告しなかったのである(「第一審被告人供述」「第一分冊」一一二丁~一一三丁、一一六丁、一二〇丁、「原審被告人供述」同調書七丁等参照)。特に、無尽講については、前回、査察をうけた際、調査官は、被告人が無尽講に加入し、利息収入を得ていた事実を探知していたのに、同収入を調査の対象としなかったばかりか、その申告の要否について何らの指摘もしていない(「第一審被告人供述」「第一分冊」一一二丁裏~一一三丁参照)こともあって、被告人は全くの「だ性」で無申告を続けていたにすぎない。この点に関連し原判決が「無尽講による所得について、摘発のなかったことを幸いに不申告を続けた」としている点(原判決書三丁裏)は、右の経緯を看過した明らかな誤りである。

このように、全くの「だ性」で無申告を続けていたことについて、原判決は「仲間うちだけのことという意識から、これから生ずる所得につき納税意識に鈍感な者が多かったとしても、“前記前科のある被告人まで”、これに同調することが許されるものではない」旨の判示をしている(原判決書三丁裏)。もとより、右のような背景事情のもとにおいても、本件ほ脱の刑責を免れ得るものでないことはいうまでもない。問題は、そのような背景事情との関連において、遵法意識及び納税意識の欠如の程度をどのように判断するかということである。

原判決が既に法律上、消滅している前科をとらえて右のように判示し憲法に違反した取扱をしている点については、先に第一において詳述したとおりであるが、その点は、ともかくとして、右の裁判をうけた事実があることと本件の具体的背景事情、経緯のもとにおける被告人の遵法及び納税意識の欠如の程度を、どのように考えるべきであろうか。その前提として、右の判決の内容(「第四分冊」五四七丁~六〇三丁)をみると、その概要は、被告人経営会社及び個人営業についての売上一部除外等の事実につき法人税法、所得税法並びに入場税法の各違反に問われたものであるが、この点について、被告人は、第一審の第五回公判期日における裁判長の質問に対し「昭和三八年、三九年の時点では、法人個人をどんぶり勘定でやっており、銀行の借入れは一切なく、友人から借りたり、頼母子講を利用してやりくり算段でやっていたために、きちんとしたことができなかったが、その裁判の後、個人でやっていた事業を全部、会社に切りかえ、事業収入の税金はきちんとやってきた。個人の分も不動産の売却、家賃収入等は計理士に頼んできちんとしていた」旨の供述をしている(「第一分冊」一一八丁~同丁裏)。このように、前回裁判を受けた事犯の内容は、基本的には、いわゆる「どんぶり勘定」によってやりくりをしていた結果、生じた処理の誤りと認められるのであって、もとより、本件のほ脱内容とは全く異質のものである。

そのうえ、先に第一において指摘したとおり、右の刑の言渡は、既に一〇年近く前に、その効力を失っているのであり、その後、本件まで納税上の不正問題は全く発生していない。被告人は、前回、査察を受けた時点ではサカエ興業、栄進興業の二社と個人経営の二本建てで事業を経営していたのであるが、その後、全事業を法人化し、今回、査察を受けた時点では関係会社六社で事業を経営していたところ、今回は、被告人個人及び関係会社六社に対して同時(昭和五五年五月二〇日)に捜索を受け関係資料を押収されて詳細な調査を実施された結果、関係会社六社には一切、犯則の事実はなく、被告人の個人所得のうち、わずかに二割足らずを占めていたにすぎない本件各利息収入だけが告発されるに至ったのである。(なお、関係会社六社の帳簿等は今日なお検察庁において差押継続中である。)

このような経緯のもとにおいて、しかも、前述(第二、二、2)のように、関係会社六社の三年間における総納税額は九億一、五五〇万円の巨額に上り、また、個人所得についても毎年一億円を超える多額の所得金額を申告納税していた、これだけの納税実績をもつ被告人が、個人所得全体のわずか二割にも満たない比率を占めているにすぎない本件の各利息収入だけを、どうして申告からもらしていたのであろうか。この点について、被告人は、第一審の第五回公判期日における裁判官の質問に対し「今回、問題になった中央合作社等に対する貸付金と頼母子講の利息収入については、日本人との付き合いではなく、同胞の付き合いということで心のすき間ができたことと、前回の査察を受けたとき、頼母子講の収入については不問にされたことなどがだ性になって今回の脱税になってしまった」旨を卒直に供述している(「第一分冊」一一八丁裏~一二一丁裏等)。すなわち、本件の利息収入は、貸付金及び無尽講のいずれの場合も台湾系華僑同士の付き合いから派生した収入であり、それらの貸付にしても、また、無尽講にしても、正規の金融機関から融資の途を閉され、事業資金の調達に苦労する台湾系華僑の自衛のための互助組織に対する協力であったのである。それは、無尽講に救けられて今日の大をなしに被告人が、その「お返し」の意味を含めて続けた同胞愛であって、決して、利殖蓄財だけを目的としたものでなかったことは先に(第二、二、3)詳述したとおりである。このような背景事情によって、被告人は、いわば「仲間うち」のこととして全く「だ性」で本件各利息収入を申告しないままでいたのである。

このような被告人に対し、原判決は、「前に脱税で裁判を受けたことがあるのに反省することなく再び本件に及んだ」旨の指摘をし、被告人の遵法意識及び納税意識の低さは顕著であって、その罪責は軽視できないとしているのであるが、これは、事案の実態をみきわめないで、単に前回事犯も本件と同じ所得税法違反等であるという罪名だけをみて両者を同列視し、直ちに納税倫理の欠如と断定して、その罪責は重いとしているものであって、まさに物事の一面にかたより、全体の洞察を欠いた誤った判断といわざるを得ない。前回処罰を受けた事案と本件の各事犯内容の異質性に加えて、右に指摘した本件の背景事情と本件各利息収入を無申告のままにしていた事情などを併せて勘案するならば、被告人に対し、「前に脱税で裁判を受けたことがある」ということだけで、直ちに遵法意識及び納税意識を著しく欠いていると、きめつけることは正しいとらえ方でないことはいうまでもない。とりわけ、無尽講については、前回の査察をうけた当時、それに伴なう収入のあることを知っていた調査担当官から申告の必要性について何らの指摘もなかった、という特別の事情が加わっているのであるから、なおさら、被告人に対してのみ納税意識の欠如を強く責めることは明らかな誤りである。

結局、本件の具体的情状を個別的に検討すると、被告人が、遵法意識及び納税意識を著しく欠いていると認めるべき事情は見当らず、また短期間のうちに同一手段による脱税をくり返した、というべき反復性も認められないのである。

5 さらに加えて、被告人は、第一審から一貫して改悛の情を顕著に表し、本件分を含めて五年分の脱漏税額について各全額の修正申告をするとともに加算税を含めて全額納付し、併せて地方税も同様、全額納付済である。

また、被告人は、本件貸付金をすべて回収して整理を行ない、無尽講についても横領被害の処理と併行して清算を検討中であって、もとより再犯のおそれは全くない。

そして、被告人は、関連会社の代表役職の一切を辞して謹慎の意を表しているが、既に満六九歳の高齢に達しているうえ、持病の高血圧症、心臓欠陥及び痛風等の悪化に加えて本件による心労もあって、昭和五六年春以降、とみに健康状態を害して衰弱の度合を増しており、最近では、療養専一の毎日を過している。(以上につき、「第一審被告人供述」「第一分冊」一二一丁裏~一二二丁等、所得税修正申告書等の各記載、「第四分冊」六〇四丁~六〇五丁、六六五丁~六七六丁郭文雄証言、「第一分冊」一〇三丁~一〇九丁、「原審被告人供述」同調書一丁~六丁裏、原審弁護人請求書証(番号7~13、15~17)の各記才等参照)

6 いうまでもなく、租税ほ脱犯は、国家の課税権を侵害するものであるから、行為者である被告人において修正申告をして納税するとともに併せて行政罰としての重加算税等を納付し、さらに、刑事罰としての罰金刑が科されれば、法益侵害は回復されて国家の課税権は修復されたというべきであろう。但し、その所得秘匿行為の態様において著しく反社会的、反道徳的な行為、手段と認定できるものがあり、かつそのほ脱した金額及びほ脱の割合とを併せみれば、他への悪性の伝播性が窺われ、誠実な納税者をして、その納税意欲を著しく阻害させる程の悪質性を認め得る限り、このような行為者に対しては、責任主義に基づく刑事制裁として、それ相応の懲役刑を科する必要があると解すべきであるが、そのうち特に反社会性、反道徳性の強い事案に対しては、法の正義の観念からも刑の執行猶予は許されないことも当然である。

このような基準に照らして、先に詳述した本件の具体的情状を検討してみると、先ず、本件においては、起訴対象年度を含めた五年分について、既に所要の修正申告及び納税を行なうとともに重加算税等も全額納付済であるうえ、ほ脱税額相応の罰金刑を科せられているのであるから、本件ほ脱行為によって侵害された法益は、既に十二分に回復されていることは明らかである。次に、本件における所得秘匿行為の態様をみると、被告人において積極的に関与したと認められる不正行為は一切、見当らず、ほ脱所得の内容となっている収入それ自体をとり上げてみるならば、いずれも単なる無申告にすぎないと認められる態様である。また、本件ほ脱の規模は比較的小さいもので、そのほ脱率もまた極めて低いものであるから、これらの点を併せみても、他への悪性の伝播性は認められず、本件については、誠実な納税者の納税意欲を著しく阻害する程の悪質性は見当らない。もっとも、被告人が前に脱税で有罪判決を受けた事実を加味してみるならば、本件について、被告人に対し相応の懲役刑が科せられるのも、あるいは止むを得ないところであろう。

しかしながら、被告人が右の有罪判決を受けたのは、既に一〇年余りも前のことであって、懲役刑及び罰金刑ともに、いずれも相当以前に刑の言渡は失効しているうえ、そのほ脱所得の内容及びほ脱の手段・態様は、いずれも本件とは全く異質のものであって、その間の関連性あるいは反復性は一切、見受けられない。さらに、本件ほ脱所得の基因となっている貸付金及び無尽講は、いずれも、被告人の同胞である台湾系華僑仲間における相互扶助としての付き合いの意味において行なわれていたものであり、それらの「仲間うち」においては、その付き合いから派生する利得について、もともと、いずれの場合も相互の信頼のみを基盤とするものであって極めて大きな危険を内包していることなどの事情もあって、お互いに、永年の慣習として、納税のことには思い及ばない「だ性」が存在していたのである。被告人も、また、この「だ性」にならって、深く意識しないままに、本件の収入金額を申告しないままにしていたのである。とりわけ、無尽講の収入については、前に摘発を受けた際、その内容を把握した調査担当官から納税申告の要否について格別の指示もなかったこともあって、なおさら深く意識しないまま「だ性」で申告しなかったのである。

このような具体的事情を勘案するならば、被告人に対してのみ、「前に脱税の有罪判決を受けているのにということだけで、ことさら強い非難を加えることは、余りにも酷に過ぎて甚だ妥当を欠くものと断ぜざるを得ず、その意味において、本件は、反社会性、反道徳性の特に強い事案とまでは到底、解し難い。加えて、改悛の情を顕著に表明して再犯のおそれも全くないうえ、病身で療養専一の生活を送っている被告人に対し、あえて、懲役刑の実刑を科することは、到底、刑政の目的とするところとは解し難く、むしろ、本件において、懲役刑の執行を猶予しなければ、法の正義の観念からも甚だ妥当を欠くことはいうまでもないところである。

以上、諸般の観点から検討したところによって明らかなとおり、被告人に対し懲役刑の実刑を科した点において、原判決の刑の量定は著しく不当である。従って、これを破棄し、懲役刑の執行を猶予しなければ、明らかに正義に反するものと断ぜざるを得ない。

第三 結論

先に第一において指摘したとおり、原判決は、既に失効している前科を有効なものとして取り扱っている点において、憲法第一三条及び第一四条に違反しているので、刑事訴訟法第四一〇条第一項により破棄を免れない。

また、原判決は、第二の一において詳述したとおり、無尽講の利息収入の実態について、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をした結果、その損失についての処理を誤っているうえ、さらに、第二の二において、具体的かつ詳細に論述したとおり、懲役刑の執行を猶予しなかった点において、甚しく不当な刑の量定をしているので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、本件事案の実態に即した公正、妥当な裁断を求めるため、本件上告に及んだ次第である。

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